「色が運ぶ幸せがある、出会いから生まれるアートがある」 ~注目のデジタルアーティスト、山下累氏が伝える大自然と幸せ~

展示会で良い商品を見つけるのが簡単な場合がある。腕利きのバイヤーが自然とブースに集まり、商品についてひっきりなしに商談をする光景を見つければいいからだ。ナイロビで開かれたアフリカ産製品をPRするイベントに参加した際、最もバイヤーの関心を集め、列を作って商談の順番待ちをするブースの中心にはとある日本人デザイナーがいた。百近いブースの中から何がバイヤー達の心を惹きつけたのか。そんな疑問と好奇心を抑えられなくなった筆者は列の最後尾に並び、ケニアを拠点に活動する日本人デザイナー、Ruiこと山下累(るい)さんの話を聞く機会を待つことにした。

出会いとインスピレーションのアート

展示会から数日後、筆者はRuiさんが代表を務めるカンガルイ社のオフィスに来ていた。あまりにバイヤーが多すぎて落ち着いて話ができなかったのと、せっかくの商談の機会を潰す訳にはいかなかったからだ。出迎えてくれた山下氏と雑談を交えながら、さっそく作品について話を聞いた。

Ruiさんのアートは写真とウォーターペイントを合成して作られる。題材は動物が多く、躍動感がほとばしるようなリアルな写真が幻想的なウォーターペイントに彩られることで、作品は芸術に変わる。

作品に囲まれながらアートの説明をするRuiさん。

Ruiさんのアートの特徴は作品の一つ一つにストーリーがあることだ。国立公園で様々な動物や自然と出会い、そこから得られたインスピレーションが作品に込められている。山下さんはチャーミングバッファローと名付けた作品のエピソードを紹介してくれた。

「オルペジェタ自然保護区にデザインを探しにいったとき、泥の中からいきなりバッファローが出てきたんですね。チョコレートがブワッとかかったようなバッファローと鉢合わせになったとき、向こうもシャワーをしていたところを覗かれたような恥ずかしそうな顔をしていて。バッファローはイカツい顔をしているのに、その様子がとても可愛くて、そんな想い出をデザインにしました」

バッファローのとぼけた表情とカラフルな色彩が可愛らしい『チャーミングバッファロー』。人気作品の一つだ。

Ruiさんが作品を作り始める時、出来上がりのイメージはほとんどなく、先ずは題材となる動物を選ぶところから始まる。最終的にどのような作品になるかは出来上がってからのお楽しみで、一つの作品を作るのに一週間から六週間かかり、自分が納得いくまで配色を繰り返し試す。今はハイエナとカメレオンを題材に作品を作りたいと思っているが、理想の場面に出会うまで自然公園に出掛け、デザインを探し続けるつもりだという。

体は日本人、心はケニアン?

Ruiさんは日本で生まれた後、二歳の頃タイに移住。そして4歳から18歳までケニアの大自然に囲まれて育った。当時通っていた学校では日本人はRuiさんと弟の二人しかいなかったが、アメリカ、オランダ、アフガニスタン、イラン、南ア、ウガンダ、スリランカ等々、90ヵ国以上からの生徒が集まるアメリカンスクールではそもそも国籍にこだわる必要もなく、毎日を楽しく過ごしていたという。

アメリカンスクールを卒業するとアートに興味があったため、水準の高い場で本格的な教育が受けられるイギリスの美大に入学。始めから専門を決めるのではなくローテーション形式で様々なカリキュラムを受けながら専攻を決めるシステムだったが、ファッションデザイナーを志望していたRuiさんは少しの挫折と意外な発見をすることになる。

「ケニアで猿とかと遊んでいた子供がパソコンの前でジーっと座るのは絶対嫌だと思っていました。だから始めはファッションデザイナーのコースを受講していましたが、不器用なので縫うことが全然できなくて、人間のデッサンも上手く描けなかった。ファッションデザイナーは向いていないと感じたのでプロダクトデザインのコースに行くと、大きな機械で木材を加工したりしていて、これは危ないなと思ってやめてしまったんですね。しょうがないから消去法でグラフィックデザインのコースにいったところ、スクリーンの中の決まったサイズの中で自分の世界を作り上げることが向いていたみたいで、凄い楽しくてコースが終わってから、今までずっとグラフィックデザインをやっていますね」

山下さんの仕事道具。スクリーンの中にアフリカの自然が息づいている。

美大を卒業後は縁があって日本で就職をするが、そこで山下さんは大変な目に遭うことなる。日本語は家庭で話していたものの、それまでずっとケニアやイギリスで暮らしていたせいかマナーや文化の細かい部分がよく分からず、同僚や上司から腫物(はれもの)扱いをされたときもあった。最初の内は中々日本に慣れることができず、ストレスを抱えることも少なくなかったという。その後フリーランスのグラフィックデザイナーとしてドイツで二年間過ごすが、肌寒い気候が気分を滅入らせてしまい、時々ケニアのことを考えるようになっていた。

現在のスタイルのアートを作り始めたのはちょうどその頃だった。気分でも変えようと流行っていたデジタルアートをやってみようと思いつき、自分の好きな動物とアートを組み合わせた作品を作ってみたところ、その鮮やかさに自分でも驚いたという。作品が気に入ったRuiさんは自分用のインテリアとしてアメリカのウェブサイトを通じてマグカップやクッション作ったところ、友人を通じてたちまち作品が話題になり始めた。そうこうする内に大手デパートなどが作品のライセンスを買い取り、オンライン販売を通じてRuiさんの作品がアメリカ中で売られるようになっていた。デジタルアートの可能性に魅せられ始めた時、ケニアへの郷愁(きょうしゅう)をアートとして形にしたことで、心の中で疼(うず)いていたケニアへの想いが次第に強くなっていることに気付いた。

「小さいころから三年くらいであちこち移り住むということを繰り返していたので、何か変化が欲しかったんだと思います。日本では受け入れられていないという印象を受けて、それじゃあ次はどこがいいだろうと思った時に、そろそろケニアに戻るタイミングかなと感じて、まずはツーリストとして戻ることにしました」

久しぶりのケニアは以前より大きく変わっていた。渋滞がひどくなり、見知らぬショッピングセンターが次々と立ち並び、綺麗なカフェでお茶を楽しむこともできるようになった。何より中間層のケニア人が増えたため、以前なら白人とインド人しかいなかったショッピングモールでもケニア人をみかけるようになっていた。

経済成長著しいケニアの姿を現場で感じたことで、ふと、アート作品がアメリカで売れるならケニアでも売れるかもしれない、と思いついた。試しに日本でRuiさんのデザインを基にしたスマートフォンのケースやクッションを作ってもらいケニアのギフトショップやセレクトショップに持っていくと、始めは見知らぬアジア人デザイナーに冷めた目をして接していたバイヤー達だったが、すぐにそのデザインが高く評価されて仕入れてもらえるようになった。評判が評判を呼び、会社を作り、事務所を構え、ケニアに腰を下ろすようになるには時間はかからなかった。ちなみに社名である「カンガルイ」とはカンガルーのことではなく、東アフリカの伝統的な一枚布であるカンガ(kanga)と、自分の名前であるRuiを合わせて名付けられている。

「私は明らかにアフリカ人っぽい見た目はしていませんよね。でも、自分をほとんどケニア人だと思っています。性格がケニア人ってことかな。身近に大自然があって、ナクル湖の絶景を見ながら育って、ケニアの美しいものに囲まれて育ちました。自然や動物だけではなくて、ケニア人の美しさにも触れた。12年ぶりにケニアに戻ってきて、ケニアでの生活がとにかく居心地が良いんですね。毎日が幸せです」

カンガルイ社の作品達。小物から衣類まで、バイヤーの評価は極めて高い。

色が運ぶ幸せ

ケニアに拠点を移した後、Ruiさんは徐々に活動の範囲を広げていく。雑誌のインタビューから大手百貨店での販売会など、ケニアに来たことで不思議とこれまでより日本との関わりも増えてきた。しかし、今でもアートの中心にはケニアの明るさと鮮やかさがある。

「私のアートの基になっているアイディアとしては、ケニアがあるんじゃないかなと思います。子供の頃から色んな国に住んできて、今も世界中を旅行していますが、ケニア人は他の国の人と比べてもポジティブで明るいと思うんですよ。貧しい人も沢山いるのに、笑顔を絶やさない。そんな明るさが色に反映されています。そして自分のアートでアフリカの大自然を感じてほしい。大草原を一度見ることで考え方とか人生が変わると思うから。今よりも、もっとおおらかでハッピーになれるんじゃないかな」

嬉しいことにケニアに住む日本人の間でもファンが増えている。去年日本人会が主催するふれあい祭りに参加した時に商品を手に取る人は少なかったが、今年は植澤大使を始めとした多くの人が作品を購入し、活動を応援してくれるようになった。Ruiさんの作品はナイロビにある多くのセレクトショップで取り扱われているが、特に品ぞろえが豊富なのはカレンのランガタリンク(LANGATA LINK)とロレショにあるワスプ&スプラウツ(Wasp and Sprout)。一流どころの品が揃う中、山下さんアートも並べられている。現在は作品を日本で売れないかと模索しており、取り扱ってくれるバイヤーを募集中だ。

Ruiさんのアートで日本人に何を伝えたいかを聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

「私のアートに対する考え方は、色が幸せを運んできてくれる(Color brings happiness)ということです。ケニアと比べると、東京の人たちはモノトーンの色彩を身にまとっていることが多い。カラフルな小物を一つ持つだけで幸せだとか喜びみたいなものを感じてもらえるんじゃないかと願っています。アフリカのデザインに触れてもっと自由になってほしいですね」

セールスアシスタントと山下さん。「部屋に置いてハッピーになってほしい」というクッションに囲まれて。