識者インタビュー『ミネルヴァの梟』Vol. 1 「高橋基樹」氏~<後編>構造転換、問われるべきアフリカ工業化の前提条件~

最近ではメディアでアフリカを取り上げる機会が増え、ブログやSNSといった個人レベルでの情報発信も盛んだ。しかし、研究分野で指摘されていることが広く共有されているとは言えず、時に根拠のないアフリカのイメージが広まってしまっている例も散見される。現代アフリカ経済学から見たアフリカ、そしてケニアとはどのような姿なのか。ケニア識者インタビュー、『ミネルヴァの梟』。後編では引き続き、日本におけるアフリカ経済学研究の第一人者の一人である高橋基樹京都大学大学院教授(神戸大学大学院名誉教授)から、アフリカにおける工業化について話を伺った。

アフリカで構造転換は起こり得るか

―TICAD6以後、アフリカにおける『(産業の)構造転換』(それまでの農業、一次資源に依存した経済から工業を中心に構産業造を発展化させること)の必要性が指摘されていますが、マダガスカルなどの例外を除き、順調に進んでいるとはいえない状況です。

例外とされるマダガスカルですが、福西先生(福西隆弘氏、アジア経済研究所地域研究センター・アフリカ研究グループ長)の研究にあるように、アジアの労働集約産業の代表である縫製産業がマダガスカルに根付き、工場が移転したのは事実です。しかし、マダガスカルの人口は約2600万人、縫製産業が抱える雇用が10万人程度です。さらに2009年に発生した政治的クーデターとそれに伴う関税措置撤廃により、その雇用の半数が失われた。工業化が始まるというのは、経済学者の認識では産業が川上なり川下なりに波及していく過程が必要です。そう考えると工業化が成功したとまではいえません。

―アフリカの場合、アフリカ成長機会均等法(AGOA)など、手厚い関税措置でアフリカに産業、工場を誘致しようとしています。しかし、それでも誘致が進んでいないということは、やはりアフリカにおける競争力が弱いということが原因にあるのでしょうか。

そう思います。先日ケニア製造業組合でお話を伺いましたが、どうしてもコストが高くなる要因が多くあるといえます。インフラ、電気といった製造にかかる基本コストが高い。何より賃金が高く、教育年数は伸びてきているものの、(工業化が進みつつある)バングラデシュと比べてもケニアのフォーマルセクターの賃金が高い。この賃金の高さは「アフリカは貧しい」というイメージからみれば不思議な現象だともいえます。

慎重な検討が必要ですが、アジアでは主食穀物の生産性を向上させ、生活コストを低下することにより、賃金も低く止めることに成功した。アフリカではそうしたことは起こっておらず、付け加えて未熟なインフラにより輸送コストが高く、輸送中の廃棄率も高い。こうした経済的連関により、生活コストが高止まりし、高い賃金として反映されています。こうした現状をみると、まだテイクオフ(工業化の始まりの段階)に至る準備は整っていないのではないかと思いますし、政治的なことや天候に左右されずに経済が成長軌道にのる段階ではありません。また、就学率が上昇しているものの、アジアと比べると教育の質が低く、フォーマルセクターで働けるだけの十分な教育レベルに達している労働者をどれだけ生み出せているかどうかも疑問です。工業化には賃金が安く健康で、教育レベルの高い大量の労働者が必要になりますからね。もしフォーマルセクターへの労働供給が限られているとするならば、当然賃金は高いままです。

―経済学者の間では、アフリカが工業化の前提条件を十分に満たしていないことは共通認識であるといえます。しかし、政治レベルではアフリカへの投資を喚起する声が主張され続けています。こうした状況を考慮すると、投資を喚起する前にまずは前提条件を満たすために必要なことに取り組むべきではないかという考え方も必要であるように感じます。

ファンダメンタルズ、あるいは基礎条件という言葉もありますが、それを改善する必要はあるでしょう。外国からの投融資を得ることに意味が無いとはいえません。日本人の場合、プラザ合意後にアジアへ投資をして、それが成功した過去があります。ただ、その成功体験とアフリカの現状がかけ離れているということには気を付けるべきでしょう。アジアの国では前提条件の改善が進んでいたんですね。

―アフリカでは構造調整(1980年代に世銀とIMFが主導した開発戦略)に代表されるように、過去には史上最大レベルで援助資金をつぎ込み、それが失敗したという歴史があります。当時、なぜそれだけの資金が投入されながらアフリカは工業化に失敗してしまったのでしょうか。

独立後の産業政策の歴史は1960~1970年代は先進国の援助と共に工業化を進めようとしていました。しかし、これは主流派経済学すればセオリーに反していたといえます。元々アフリカでは土地が豊富にある一方で資本は稀少でした。そのため、豊富にある土地を活用して経済成長を目指す政策が採られるべきでしたが、当時の開発経済学では主流な考えではありませんでした。当時は社会主義の影響力が強く、主流だった代替工業化戦略(それまで輸入していたものを自国で生産する戦略)を実現させるため大量に借り入れし、70年代の終わりまでにアフリカ諸国では大量に債務が積みあがってしまいました。その債務問題によりアフリカ諸国の政府運営がままならなくなったため、世銀・IMF(国際通貨基金)に助けを求めたという流れがあります。

世銀・IMFが介入したことによりそれまでの政策は一変し、政府主導の開発から市場重視の開発を目指しました。同時に、賦存要素(元々自国が保有している経済資源)をみればアフリカにはお金がないため、お金がかからない農業分野での開発を目指すという、産業戦略の『揺り戻し』が起こったんですね。ですので、1980年代の介入後のアフリカではむしろ工業化はそれまでよりも脇に置かれたということがいえます。国営企業の廃止や政府の縮小を通じて、それまで日本を含む東アジアで採られた産業政策はやらなくなっていった。

問題は、構造調整がそれまでの戦略を変更し、アフリカに良い結果を与えられたかどうか。重要な点は市場が十分に成長していなければ、市場主導の政策も破綻する可能性が高かったということです。結果的に市場原理で成長しようという構造調整は上手くいかなかった。これには一次産品価格が低迷していたなど、貿易条件が悪かったことも大きく影響しています。根本的な政策設計の問題があった上で、市場状態が悪かったこと、市場をコントロールする政府の能力を軽視していたこと、アフリカ人の民間アントレプレナーが育っていなかったことなどが絡み合い、世銀・IMFの思惑通りにはならなかった。

アフリカで進む脱工業化

次は『負の脱工業化』について伺わせてください。元々工業化のプロセスは一次産業(農業、林業、漁業など)から二次産業(製造業や建設業など)、そして三次産業(商業や金融などのサービス業)へと産業の高度化、発展化が起こる現象です。しかし、アフリカでは二次産業の発展を経験せずに三次産業が発展するというプロセスになっています。これは競争力がなかったり、制度が不十分だという理由からなのでしょうか。

これはアフリカで何故工業化が進まないのかという質問と同じことがいえます。賃金やインフラなどの基本条件の改善をしなければ二次産業は発展しない。もう一つ指摘しなければならないのは、ちゃんと市場を獲得できているかどうかです。アフリカ企業が市場を獲得できているのは、優遇関税、特恵関税を設けて、先進国が意図的にアフリカで作られた製品を市場で取引させようとしているためです。したがって、そうした優遇制度を撤廃したら競争力が失われ、輸出できなくなる企業が多くあるはずです。

これまでアフリカは一次産品に依存した成長を続けてきました。そうすると自国通貨が割高となり、競争力のない製造業はますます競争力を失われます。ナイジェリアの事例が典型的で、石油を大量に売りさばくと通貨高を招き、製造業の発展が阻害されます。好調な経済成長といわれるものの、それが21世紀に入ってアフリカが成長しているといわれるもう一つの側面でもあります。ただ、一次産品によって得られた大量の外貨収入は誰かが使わないといけない。それでは誰が使っているかというと、新しく出てきた富裕層や中間層と言われる人たちですよね。その人たちの消費需要を賄うためにサービス産業が伸びている、という構造だと思います。日本やアジアに見られる製造業が牽引した経済成長と比べると、かなり歪(いびつ)な成長ともいえます。

―中間層に話を移すと、代表的なレポートであるアフリカ開発銀行が発表したAfrica in 50 years timeでは2050年に至るまで順調な中間層増の予測がされています。しかし、問題はその数値の算出方法が具体的に書かれていないことです。同レポートはアフリカが高度成長を継続的に続けていた2000年代から2010年代初頭の好況期を切り取った予測で、予測がどれほど実態に即しているかは疑問です。

まず考えないといけないのは、中間層とは何か、ということです。つまり、食うや食わずの貧困層という人たちがいて、生存に困らずに消費にお金を使える人達を中間層としている訳です。そうした中間層といわれる人たちの絶対数が増えていることは確かでしょう。しかし、人口比率としては大して変わっていません。私の理解では、貧困層と中間層の間にいる浮動層と呼ばれる人たちがどんどん増えていて、こうした浮動層の人たちはアフリカが一度不況になるとたちまち貧困層に転落します。中間層が経済の主体となって、消費を積極的に行っている、という理想とは全く異なるということですね。アフリカを訪れる多くの日本人の方は首都のショッピングモールや日本と変わらないスーパーマーケット、新たに建てられる高層ビルを見てアフリカを判断すると、もしかしたらアフリカが全体的に発展していって、貧困という言葉が当てはまらなくなると考えるかもしれません。しかし、実はそうではないですよね。

また、好況期を切り取った成長予測というのは正しいと思います。2000年代の成長は一次産品の価格上昇に支えられた成長、つまり外部要因による成長であり、自らが技術革新などを通じて成長したという訳ではないからです。仮に国際市場の交易条件が変化した場合、経済成長が止まる可能性が大いにあるため、この部分を考慮せずに将来にわたって好調な経済成長が続き、中間層も順調に増えるという考えは危険ですね。

―外部依存的な経済成長という文脈から言えば、原油価格に代表する一次資源価格に依存する成長という、『自律性のない成長』と捉えなければならないと考えています。

その通りですが、21世紀の価格高騰では、工業化した東アジア、特に中国で石油や一次資源の需要が急激に増大しました。食生活も変わり、肉類やカカオ、チョコレートまで需要と価格が上昇しました。大量の人口を抱える中国で経済成長に伴う消費行動が変わったという点を踏まえた方がいいですね。しかし、今の中国では人口が伸びていませんし、今後も伸びるかどうかは不透明でしょう。こうした点が一次資源に依存した経済成長を続ける上でリスクとなる可能性は十分にあります。

なぜ工業化を進めないといけないかというと、基本的に三次産業では外貨が稼げないからです。ただし例外があって、一つは観光、もう一つはIT産業です。特にIT産業でソフト製品を海外へ売れるようになると、状況は変わるだろうとは思います。しかし、サービス産業にも限界がありますし、経済構造は植民地期から変わっていません。

―構造転換が叫ばれているものの、独立以来産業の高度化、発展化に失敗してきた歴史があるということですね。新たにアフリカに注目する方が増えた今だからこそ、改めて問い直すべき点であると思います。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

アフリカ経済学の第一人者の一人である高橋基樹氏。

筆者:長谷川 将士