紙幣からデジタルマネーへ、ケニアスラム発『地域通貨革命』は成し遂げられるか~<前編>メディアで語られる期待と意外な現状~

地域通貨によってスラムの経済や社会が変わる、そう真剣に考える経済学者は少なくない。地域通貨とは主に特定の地域やコミュニティの中でのみ使える通貨のことで、欧米や日本など世界中で導入されている。一般的には地産地消の推奨といったコミュニティ支援事業の一環として位置づけられることが多いが、近年ではスラムや貧民街の経済・社会問題の解決のために地域通貨が導入される事例も増え始めている。有名な例はブラジルのファベーラ(貧民街)で導入された事例で、地元メディアや研究者の間で注目を集めた。

地域通貨はアフリカでも普及し始めており、初めて導入されたのはケニアだ。2010年にNGOが地域通貨システムを開始して以降は地元メディアから大きな注目を集め、現在でもテレビや新聞で度々報道されている。アフリカで最先端を走るケニアの地域通貨はコミュニティに何をもたらすか。取材からは地域通貨が直面する可能性と問題が浮かび上がった。

コミュニティにおける地域通貨の役割とは?

なぜ地域通貨にここまで注目が集まるのだろうか?経済学の観点から簡単に説明するならば、貧しい地域やコミュニティは結局のところ、お金がないから貧乏なのだ。それならばそこに新たにお金(地域通貨)を投入してコミュニティの中でどんどん循環させれば、住民はお金を受け取る回数も支払う回数も増える。そうすれば以前よりも多くの物やサービスを買ったり売ったりできるようになり、経済が活発になる、というのが研究者が期待していることだ。

地域通貨で特に強調される機能が循環と消費という面で、この機能を促すために保有できる金額に制限を設けたり一日の消費額に制限をかけることで、頻繁に消費するシステム作りを行う例もある。地域通貨は日曜雑貨品や食料といった毎日の暮らしに必要なものを買うために使われることが期待され、メインで使われる通貨(ケニアならばシリング)の補助となるという意味で補完通貨(complementary currency)とも呼ばれる。また、地域通貨はコミュニティ内でしか使用ができないため、コミュニティ内で循環する通貨の量が減ることはない。さらに、物やサービスの取引の回数を増やすことで住民の関係性の向上させたり、雇用の促進を期待する研究者もいる。

これらが基本的な地域通貨のコンセプトだが、要するにこのシステムを上手く機能させることができればスラムの社会・経済問題を解決することも夢ではない、という訳だ。

アフリカにおける『地域通貨先進国』

アフリカで初めて地域通貨が始まったのは2010年のケニアでのことだった。当初は小規模コミュニティの支援事業として始まったが、その後アメリカの経済学者であるウィル・ラディック氏により、モンバサにあるバングラデシュスラムで本格的なプロジェクトが行われた。新たに配布された地域通貨、バングラペサはその期待の大きさからメディアの注目を浴び、テレビや新聞で度々報道され、一躍ケニアの地域通貨プロジェクトが脚光を浴びることとなった。

ウィル氏は同時にNGO団体であるグラスルーツエコノミクスを創設し、現在ではケニア国内で5つの地域通貨を創り出している。また、ガーナやコンゴなどアフリカ諸国で地域通貨プロジェクトに携わり、ケニア事例から得られた知識と経験を広めている。ケニアから始まった地域通貨がアフリカを変えるのではないかという期待は今や世界の研究者、コミュニティ支援事業者、そしてフィンテック関係者の間で高まっており、アフリカにおける地域通貨の可能性に注目が集まっている。

ケニア地域通貨の現場、ガティナ

地域通貨の現場を知るためグラスルーツエコノミクスに取材を申し込むと、ケニア国内で地域通貨の利用者数が最も多いという、ナイロビのカワンガレスラムにあるガティナという地域を紹介してくれた。ガティナは周りを高級住宅街に囲まれた地域で、遠目にマンションや高層タワーが見える中、田舎の農村が突然現れるというような地域。都市のど真ん中にあるにも関わらず緑が多く、道は泥の塊がゴロゴロしている。ガティナではおよそ4万人ほどの住民が暮らし、そのほとんどが一日1ドル以下で暮らす、貧困層と呼ばれる人たちだ。

カワンガレスラムのメイン通り。雨により地面が斜めに削れており、足元はぬかるんで滑りやすい。

グラスルーツエコノミクスのガティナ事務所に行くと、地域マネージャーのフランセス氏が地域通貨の役割について次の様に説明してくれた。

「地域通貨の価値の一つとして、コミュニティ内を絶え間なく循環することがあります。つまりコミュニティの外に出ることはないから、多くの通貨が常に取引に使われることで、お金が絡む取引のハードルを低くします。もう一つは、給料日前の住民はだいたいお金がなくて困りますが、こういうときにサプリメント(補填)として使えるのが地域通貨の強みです。すぐ腐ってしまう食品などでも地域通貨が取引量を増やすことで、コミュニティ内の廃棄コストを減らすことに繋がります」

事務所で地域通貨の説明を行うフランセス氏。事務所はガティナペサを使用できる小売店も運営しており、地域通貨の普及を促進する場でもある。

プロジェクトは2014年に開始され、初めに会員である200人の住民にそれぞれ200ガティナペサを配布された。1ガティナペサが1シリングと同等の価値を持っており、一日の最大使用額は400ガティナペサに制限されている。また、毎年新しいガティナペサに更新されるため、長期間保有することもできない。フランセス氏の説明によれば、通常は個人商店や露天商が会員としてガティナペサを使用するが学校の授業料を支払えない親のため、現在では14の学校でガティナペサでの授業料の支払いができる。中にはガティナペサで一部給料を受け取る教師もいるという。

「地域通貨の興味深いところは、地域通貨がその地域を発展させるということです。ケニアシリングを普通にスーパーで使えば、そのお金はスーパーの本部に吸収されてしまい地域に循環するということはありません。その一方、地域通貨を地元のお店で使えば、循環により巡り巡ってより多くの人々が取引の恩恵に与ることができます。だから住民にはどうしてガティナペサを家で眠らせておくの?とアドバイスをしています。手持ちの地域通貨を使ってどんどん日用品など必要なものを買えばいいのです。逆に、シリングが手に入ったら貯金や日用品以外の物を買えばいい、と。」

グラスルーツエコノミクスが発行しているガティナペサ。現在4種類を運用している。

ガティナペサを導入する際には住民に関心をもってもらうため、地区の国会議員を呼び、キャンペーンカーで歌を歌い、ガティナ中を練り歩いた。ガティナペサの登場は新聞やテレビでも大々的に取り上げられ、知名度は向上し、ケニアのみならず海外からも注目されることとなった。

グラスルーツエコノミクスが公表する調査結果によれば、会員の間では事業による収入が37%、雇用創出数が17%、学校への就学率が27%上昇しているとされる。フランセス氏によれば、こうしたポジティブな効果に対する期待は日に日に高まっており、より多くの住民が参加すること望んでいるという。

メディアでの華々しい報道とフランセス氏の説明を受け、率直にいえば、これほど実績がある地域通貨プロジェクトはそうそうない、スラムが変わっていく現場に立ち会えるかもしれないと、筆者は高揚していた。だが、その後住民に行った聞き取り取材ではある意外な現実が浮き彫りになることとなった。

聞き取りをしたガティナ住民のほとんどが、ガティナペサを知らないのだ。

「ガティナペサ?何だそれ?」

住民に対する聞き取り取材はガティナのメインストリートの端から端まで歩き、ガティナペサの会員である商店や露天商を100店、住民200人にインタビューすることを予定していた。入会している商店や露天商はグラスルーツエコノミクスが配布しているバナーが張られているので簡単に見分けることができる。だが、聞き取り取材を進めていくにあたり、取材を中断せざるを得ない状況となった。住民に加え、入会しているはずの商店や露天商の中でもガティナペサを知っていたり使用している者がほとんどいなかったため、当初の取材計画を進めても収穫が得られそうになかったためだ。結局ガティナペサを利用している商店や露天商で50店中3店、ガティナペサを知っている住民は100人中1人という結果になった。

バナーを張っている個人商店を経営しているジョン・ムティンダさんに話を聞くと、ガティナペサの現状を次のように語った。

「実はガティナペサのことがよく分からないから、ガティナペサを使ってないんだ。ドアにグラスルーツエコノミクスのバナーを張ってはいるけど、これまでお客さんがガティナペサについて聞いてきたことはないし、私も野暮だと思ってお客さんに聞くことはないよ」

聞き取りを行った店や住民のほとんどが、そもそもガティナペサを知らなかったり、地域通貨が何かを理解していなかった。それもそのはず、コペンハーゲン大学の院生が行った調査によれば、ガティナペサに入会している店や組織は318と少なく、取引はほとんど会員間、つまり店や露天商といったB to Bで行われているため、一般住民がガティナペサに触れる機会がほとんど存在しないのだ。さらに今回の聞き取り調査で判明したように、たとえ会員であっても地域通貨のコンセプトを理解し、日常的に使用している者は非常に限られている。こうした現状は、メディアで華々しく取り上げられているものと大きく乖離(かいり)しているものと言わざるを得なかった。

露店商を営んでいるぺニラ・ナドウィエさんはガティナペサのコンセプトを理解してプロジェクトを支持しているが、普及が進んでいない現状をこう語る。

「より多くの人にガティナペサが受け入れてほしいと思います。ただ、市場の多くの人々がこのプロジェクトの会員ではないため、ガティナペサで日用品を買うことができないんです。ガティナの人々がもっとこのプロジェクトのことを知る必要がありますね」

グラスルーツエコノミクスの事務所前で露店を開くぺニラさん。食品の卸売りをしている。

地域通貨はコミュニティに求められていないのか?

今回の取材では、メディアや経済学者が期待している程にはガティナコミュニティに地域通貨が浸透しているとはいえない状況が明らかになった。地域通貨のもたらす可能性とそれが現実の中でどのように機能するかは別の問題であり、理論と現場の間には大きな隔たりが存在するように思えた。地域通貨を定着させるためには、住民に対して如何にコンセプトを理解してもらい、より多くの人々が地域通貨に慣れ親しんでもらうことが重要な鍵となるが、売り上げや雇用にポジティブな効果があるという研究とは対照的に、実際には会員である住民でさえ地域通貨のことを理解しているとは言えない状況だ。

こうした現状を踏まえて、ケニアで地域通貨を運営するグラスルーツエコノミクスは新たな取り組みを進めている。それが地域通貨における、紙幣からモバイルマネーへの移行という大胆な試みだ。次回の記事ではケニアのみならずアフリカ地域通貨の創設者ともいえるウィル・ラディック氏に行ったインタビューを基に、地域通貨の現状と可能性を伝えたい。

筆者: 長谷川 将士