ITが変えた人生 ~スラムで生まれ育った男はなぜエリザベス女王から祝福されたのか~

チャンスが向こうからやってくることはほとんどない。しかし、教育を受けていない者にとって『当たり前のチャンス』を掴むことさえできないと、ダグラス・ムワンギ氏は身をもって知っている。ケニア最大級のスラムであるマザレで八人兄弟の末っ子として生まれた彼は学費を得る術がなく、高校に通うことはできなかった。

「学校に通えなかったから、自分でお金を稼ぐしかありませんでした。スラムでお金を稼ぐことはよそでお金を稼ぐこととは訳が違う。それは犯罪に手を染めることとほとんど同じ意味なんです。罪を犯し、ある事件で死にかけてから、こんな人生を変えなければいけないと考えるようになりました」

床屋の見習いになり、その後雇われて二年間働いたときだった。その頃には高校に通うお金も貯まっていたが、幸運なことにウェブ開発の学位をオンラインでとれる奨学金に受かることができた。灰色のスラムの中で育ったダグラス氏は、スクリーンの中に広がる不思議で広大な世界にたちまち魅了された。

「ウェブ開発の授業を受けるようになって、人生が一変した。これまで得られなかったチャンスがたくさん得られることに気付きました。ITのおかげで僕と同じようにマザレの若者たちが直面する問題に関心を持つようになったんです。たとえ才能や可能性がある人でも『最初のチャンス』がなければ、その先の人生をやっていけないということを私は知っていますから」

ダグラス氏は2013年コミュニティリーダーとしてデジタル・オポーチュニティ・トラスト(DOT)をで活動するようになった。この団体は基礎的なITスキルを若者に教育した後、ナイロビ各地に構えたITトレーニングセンターに配属してIT教育の輪を広げる活動を行った。IT教育の重要性と可能性を感じつつマザレやイースリーといった裕福とはいえない地域で活動を続けた後、ダグラス氏は活動を進化させていく。それがオアシスセンターの始まりだった。

マザレスラムにあるオアシスセンター。知とITの学びの場となっている。

オアシスセンターの活動はスラムでITと基礎的知識を得られる幅広い教育基盤を提供することだ。オフィスには数台のコンピューターとワイヤレスネットワーク、静かな教室と図書室が備えられている。雑多で騒がしい場所でしか教育を受けてこなかったスラムの若者や子供にとって、それは名前が示す通り、砂漠の中で見つけたオアシスの様に貴重な場所となった。オンラインでの授業も提供しており、教育を一人でも多くの子供に届けようと活動を続けている。

「マザレで生まれ育った中で感じたことは、教育を受けられる安全な場がないことでした。街中の図書館に行くにも交通費が支払えず、マザレの数少ない図書館はいつも満員でした。家は狭くて勉強スペースがなく、電気はつかず、常に隣人の生活音が聞こえてきます。オアシスセンターを始めることは私がこれまで体験してきたことへの一つの解決策でもあるのです」

オアシスセンターの図書室。きちんと本が整えられていないのは、それだけ子どもたちが利用している証ともいえる。

オアシスセンターの活動の特徴は、デジタル・ディバイド・データやテクノブレインといった大手IT企業と提携することで、IT教育を修了した者に雇用の受け入れ先を提供していることだ。基本的なITスキルに関する無料で授業を提供しており、さらに進んだスキル、たとえばウェブサイトのプログラミングや携帯アプリの開発を学ぶことを希望する生徒には料金を支払って授業を開いている。スラムという一見ITとは無縁と思われる場所から大手IT企業の入り口をこじ開けたことは、正にテクノロジーが持つ可能性を表しているかの様だ。

オアシスセンターは今では10人を超えるスタッフを抱え、キベラやカクマといった様々なスラムで活動を行っている。これまで500人以上の若者にITスキルのトレーニングを行い、1000人以上の子供たちに安全な教育の場を提供してきた。現在彼らが教える生徒の大半は小学生で、子どもの頃から十分な教育を提供することでITに慣れ親しんでもらおうと考えている。このようにして教育を終えた子供たちをオアシスセンターは卒業後数年がかりでフォローしている。

ダグラス氏はITこそ全ての未来に繋がると信じている。今やビジネスはIT無くして語ることはできないし、教育の場でもオンライン化が進んでいる。しかし、ケニアの多くの若者は、ほとんどの場合インターネットを活用することに失敗していると指摘する。

「FacebookでもYoutubeでも、ネットにあるものは全てマネタイズできます。しかし、多くの若者はパソコンを目の前にするととりあえず音楽サイトで何かの曲を流すだけです。これじゃあもったいない。Facebookで自分のページを作ることからビジネスを始めることは難しいことではないし、Youtubeで学べないものはありません。スラムの人間でもITをビジネス、そして生活の中で有効活用できると確信しています」

今年の6月25日、ケニアのスラムで生まれ育った男は海を渡り、ロンドンにいた。その活動が認められてヤングリーダーズアワードを受賞し、バッキンガム宮殿で行われる表彰式に参加するためだった。式ではエリザベス女王から直々にその活動を讃えられ、世界中から集まった若者と夢を語り合った。それはスラムの片隅で犯罪を続けながら糊口(ここう)を凌(しの)いでいたあの頃には描けなかった時間だ。ITが、その夢を現実のものとして描かせた。

受賞者たちとダグラス氏(中央右)。©Douglas Mwangi

「こんな賞を与えられるなんて信じられないよ!まるで別世界の出来事の様だった。この賞は私に希望を与えてくれました。未来は本当は明るいものなのだって。これからは新しいコンピュータールームを新設して、学びの場を広げるつもりです。また、ケニア政府と相談して公共施設を使えるように交渉しています。僕たちの活動はまだまだこれからですから」

スラムで高校にもいけなかった男はITによってその手にチャンスを掴んだ。ITが彼の世界を変えたように、彼もまたスラムの子供の人生を変え続けていくことだろう。

「ITが持つ可能性は無限大だ」と口にするエンジニアがいる。その通りだろう。少なくとも、スラムで育った青年がエリザベス女王から祝福される程度にはその可能性がある。そして、人はもしかしたらその可能性が示す計り知れない大きさを無限大というのかもしれない。

筆者:長谷川 将士