ミネルヴァの梟Vol. 2 JETROナイロビ所長、直江 敦彦氏 前編『ポストTICAD6、アフリカ進出における日本企業の現在地点』

来年八月に横浜でTICAD7開催を控え、最近では日本におけるアフリカ熱が高まりをみせている。前回TICAD6では初のアフリカ開催、これから日本企業を中心としたアフリカ進出が本格化していくのではないかという期待に包まれていたものの、その後の進出状況は尻すぼみになっている感が否めない。

今、日本企業はアフリカ進出においてどのような状況にあるのか、そして、日本企業が最も注目しているというケニアビジネスの現状はどのようなものだろうか。ケニア識者に直接聞く、『ミネルヴァの梟』。Vo.2の本記事ではJETROナイロビ所長としてアフリカ進出の最前線に携わり続ける直江敦彦氏より、TICAD6から現在に至るアフリカ進出の流れ、そして現地の最新トレンドを伺った。

TICAD6前後の日本企業進出の流れとアフリカ市場

―ご多忙の中インタビューを受けていただきありがとうございます。初のアフリカ開催となったTICAD6から二年、当時ナイロビでは日本企業の間でアフリカ熱が盛り上がりを見せていましたが、今は大分落ち着いた状況であると言っていいかもしれません。来年TICAD7を控えた今こそ、日本企業のアフリカ進出についてTICAD6後から今に至る流れを冷静に評価すべきだと考えています。

先ずはTICAD6の前後の流れを追うところから始めましょうか。初めてアフリカで開催されたTICAD6には安倍総理が日本企業を連れていくというミッションがあり、企業の経営者、意思決定者レベルの方々がアフリカに来ることがほぼ決まっていた状況でした。つまり、ナイロビ開催がほぼ内定していた2015年から2016年のTICAD当日まで、多くの日本企業関係者が訪問準備のためにナイロビに来ていた経緯があります。

経営者層がアフリカに来るのに伴って、将来自社で展開するための具体的な事業の道筋を見出す必要がありました。そうした意味では、TICAD6をきっかけとしてアフリカに来る企業やビジネスマンがある意味『本気で』アフリカビジネスと向き合い、真剣にビジネス可能性を模索するようになったと捉えています

その一方で、アフリカの経済自体は2014年末から資源価格の下落を発端(ほったん)に悪化し、2016年も低迷していました。一方、資源輸入国が多い東アフリカで資源価格の低迷が貿易収支の改善に向かわせたことで、マクロ経済にメリットをもたらしました。このアフリカ内における東アフリカの優位性が、近年みられる同地域の日本企業進出のペースを速めるというトレンドに繋がっています。

―TICAD6後にナイロビ事務所で事業案件の問い合わせは増えましたか。

日本企業の間では、2016年までに仕込んだビジネスの種をその後どのように具体化させていくかという段階にありました。それまでのビジネスの種を探したいという内容から、TICAD6後から現在に至るまでにはナイロビを中心に事務所を構えたいという相談を受けることが多くなり、実際に事務所を構えた企業も増加しています。既に事務所を構えた企業、新たに相談に来る企業等の入れ替わりがありつつも、ナイロビ事務所ではコンスタントに20件程度の相談を受けており、随時対応しています。

―ずばりお聞きしたいところなのですが、直江所長から見て日本企業のアフリカ市場に対する関心は高まっていると思われますか

ある程度日本企業がアフリカ市場を認知してきている段階にあるでしょう。2013年のTICAD5までは、それまでにアフリカでは10年弱ほど好調な経済成長が続いていたにも関わらず、アフリカを『市場』として認識している企業は数少ない状況でした。しかし、アフリカ市場に関する日本語のレポートが多く出たこともあって、2013年頃を契機にかなり多くの日本企業が市場としてアフリカを見始めました。そして2016年のTICAD6で日本の大手企業が実際にナイロビまで来たことにより、アフリカが一つのマーケットであることが認知された。人口が増えていること、中間層の絶対数が増えていることも大きな要因です。また、アジアで構築されたサプライチェーンを拡大していく上でアフリカがターゲット市場の一つになっているのではないかと思います。

日系企業のアフリカ進出について説明する直江所長(左)。右側は筆者。

『車』からみる東アフリカ市場

―アフリカが市場として認知されたこと、そこから実際にアフリカで事業を展開することの間には高いハードルが横たわっているように思われます。

進出企業が収益ベースで(現地事業活動の)コストをまかなえているかというとまだまだ難しく、その点がアフリカビジネスにおける最大の難関といっていいでしょう。拡大しているとはいってもまだ市場規模が小さいため、ケニアの場合でも人口4700万人、一人当たりGDPが1700ドル程度。人口と一人当たりGDPの兼ね合いからみると、アジアでいえばカンボジア、ミャンマー、バングラデシュなどが進出先の比較対象として挙げられていますし、アジアでは隣国により豊かな国や市場がある。東アフリカだとケニアが最も豊かで隣国はそれよりも低い経済水準にある訳です。

ケニアの新車販売台数の例をみると分かりますが、2015年がピークで二万台程度、去年は1万1000台弱と半分近くに低下しました。中古車を含めた全体数でみても十万台程度の水準です。モータリゼーション(自動車の大衆化、多くの庶民が自動車を持つようになること)が始まると言われる一人当たりGDP3000ドルという水準と比べると、まだまだ市場として魅力的になるには時間がかかる。ざっくり考えると十年弱程度は時間が必要なのかもしれません。タンザニアで1000ドル、ウガンダで750ドル程度なので、追随して市場が拡大するにはそれ以上に待たなければいけません。

―そうした状況であるにも関わらず、ケニアではいすゞやホンダを始め、日系・外資系グローバル企業が車や二輪車といった組み立て工場を新たに開設、拡張しています。この動きはどういった背景から理解すべきでしょうか。

元々車の需要が大きいことが前提にあります。新車の販売台数が減っても中古車を含めた総登録台数は減っていません。新車販売台数の減少は上限金利のキャップをかけたことにより、中小企業が事業のためお金を借りて新車を買うという流れが狭められたことが大きな要因ではないかと思われます。しかし、車への需要自体は拡大しているため、現地生産・組み立てに踏み切ったと捉えるべきでしょう。

―車の販売台数はその国の経済を見る上で重要な指標です。東アフリカでは車や二輪車はタクシードライバーに転身することで簡単に現金収入が稼げるツールです。販売が好調な理由の背景には、Uber(米国発の自動車配車サービス)に代表されるように、お金持ちが車を持たない者のためのレンタル目的で購入し、個人に貸し与えて使用料を稼ぐためではないか。つまり、必ずしも民間レベルで広く個人が購入している訳ではなく、資産がある一部の人間による、限られた範囲での消費拡大が起こっているのではないかと考えています。

近年のスタートアップの動向を参照すると、また違った見方があるでしょう。アフリカでは南ア、ナイジェリア、そしてケニアがスタートアップの集積地として新たな事業が次々と生まれてきています。先ほどの話でいえばUberドライバーは会社に所属していない個人タクシーです。現金商売のため原則的に個人与信が付与できなかった。しかし、テクノロジーによってお客様からの利用履歴が電子データで残るようになると、乗車回数、一回当たりの料金、運転手のレーティングといった情報が蓄積されてドライバーの良し悪しが判断できるようになりました。そして、この情報を元にUberが地元銀行や豊通オートマ―ト社等と組み、低金利の融資が行われるようになりました。こうしたシステムがさらに整えられると、消費の拡大も一般層に及ぶことになるでしょう。

―テクノロジーとファイナンスの発達により個人の優良顧客にリーチしやすくなったことで、一般層にまで消費拡大が広がることが期待されているということですね。

ケニアはなぜ進出先として人気か?

―これまでナイジェリア駐在を含め、アフリカ各地での経験が豊富な直江所長ですが、以前「ケニアはアフリカの中でもビジネス環境が良い」と発言されています。他の国々と比較した場合、ケニアのどのような点がビジネスに向いているとお考えでしょうか。

ビジネス規模によると思います。日本の大手企業がビジネスを行う上で最も重要なことは、その国にお金があるかどうかです。いかに環境が良くても稼げなければ事業として成り立たないので、中々進出することは難しい。ビジネス環境としては良いとは言えないが経済規模が大きいナイジェリアに注目が集まっているのはそのためです。その次にはとりっぱぐれないことです。ケニアだと過去にデフォルトなどを起こしていないこと、債務管理を上手にしてきて外貨準備が潤沢なので、ナイジェリアよりも採算がとれる確実性が高いと考える企業が多い。

―その点が日本企業の間でケニアが人気な理由なのでしょうか。

そう思います。他には法体系が英国法に準拠していること、ハウスキーパーやメッセンジャーボーイといった末端の人間まで英語が使え、現地語を使わなくてもいい点はとても大きいですね。多くのアフリカ諸国では中央のトップ層では英語を使っているものの、末端にまで普及しているとはいえませんから。後は外資規制が少ない点は事業を始めやすくしています。

―例えばエチオピアでは外貨規制が強いことが有名ですが、実際にビジネスを行う点ではどのような点で不便なのでしょうか。

エチオピアでは外貨が少ないため、LC(信用状)決済を行って海外からモノを買おうとしても、まず外貨を配分してもらえないんですね。普通に申請すると3ヵ月、場合によっては6ヵ月から9ヵ月も待たなくてはならない。その間事業はストップします。基本的に国が輸出する産業には優先的に外貨が配分されますが、輸入する必要のある産業には優先順位が下がります。ケニアの場合ではユーロ債の起債が順調に進んでいるので、今のところ外貨準備の一定の金額を支えており、外貨規制がありません。

―不正などの問題はあるものの、アフリカの中でケニアはまだ役所手続きがやりやすいのではないかと仰られていた記憶があります。

やりやすいというレベルには至っていないと思いますが、まだ『想定の範囲内』に収まっているのではないかと思います。もちろんその範囲にも幅はあります。また、想定の範囲を超えるトラブル、問題が起きるのはアフリカビジネスの常ですし、こちらで事業を行う企業は全てこうした問題と向き合い、解決しようとしていますよね。

―なるほど、確かにアフリカでは想像を超えることが日常的に起きますが、その幅が他の国よりもまだ小さい、というのは大きいかもしれませんね。

ケニア投資庁も投資受け入れの環境整備に動いてます。各種手続きがワンストップで可能なコワーキングスペースを整備し、起業や支社設立に必要なことを一つの建物内で行えるようにしています。他国と兼務ですが日本企業を担当するスタッフも配置されており、心強いですね。ケニア側のこうした受け入れに関する動きは正当に評価すべきでしょう。JETROも彼らと連携しており、新たにケニアで活動する企業をサポートしています。

次回、後編記事ではケニア市場と進出に関する最新トレンドをお伝えします。

筆者:長谷川 将士