ミネルヴァの梟Vol. 2 JETROナイロビ所長、直江 敦彦氏 後編『ケニア最新トレンドと存在感を増すスタートアップ』

日本企業のアフリカ進出が声高に叫ばれる一方、実際にアフリカ市場に挑戦する企業は未だ限られている。以前よりアフリカ市場を取り巻く環境は改善されてはいるものの、情報やコネクションの不足もあり、多くの企業にとってアフリカ市場は遠いままだ。こうした状況の中、企業から最も注目を浴びているのがケニアで、JETROの企業意識調査では三年連続で最も関心の高い進出先候補国として存在感を放っている。ケニア識者に直接聞く、『ミネルヴァの梟』。本記事では前編に引き続きJETROナイロビ所長の直江敦彦氏より、ケニア市場と進出に関する最新トレンドを伺った。

工業化とアフリカ・ケニア市場

―先ずはアフリカの産業化、工業化という点についてお聞かせください。経済が発展し、市場がが拡大することで事業の収益化が容易になるとするならば、これから進出を考える企業にとって発展を左右する産業化、工業化を理解することは重要になります。よくアフリカ関連の投資セミナーなどでは「どんどん投資をして、どんどん工業化をして、アフリカを豊かにしよう」という主張を聞きますが、工業化の前提条件を確認してみると、アジアが経験したスピードでアフリカが工業化することは考えにくい。その中でなぜアフリカに投資をするのかという点を説明するメリットや理由にはどのようなものが挙げられるでしょうか。

難しい質問ではありますが、弊構の平野理事(JETRO平野克己理事。アジア経済研究所地域研究センター長などを歴任した、日本におけるアフリカ経済学の第一人者の一人)の意見は「真にグローバルを目指す企業にとってアフリカは避けて通れぬ道である」ということです。地域のニッチ企業を目指すならばアフリカに投資をする必要はないかもしれませんが、自動車企業等を中心に世界で活躍する企業を目指すにはアフリカで事業を成功させる必要があります。厳密には本当に儲かるか、いつ儲かるかというイメージを描けていないのがアフリカ投資の現状ではないかという思いはありつつも、それでは十年後に儲かる市場となっていた場合はどうすべきかを想定して、今の時点から手を打っておかないとそのマーケットで負けてしまう。だから各社が今からアフリカ市場に挑戦しているといえるのではないでしょうか。

―アフリカビジネスの戦略を考える上で最も難しい点が、「どの期間で、どれだけの潜在顧客を取り込めるか」という算段がつかないことだと考えています。これから人口が伸びてきて活発な消費市場になることは間違いないと思いますが、富の分布がどのような形で進み、どれだけ対象となる消費者が増えるかというイメージを正確に描けている人や企業はいない。

まだ所得レベルが低く、どのように経済成長が進むかという選択肢が多すぎるといえるでしょう。そして、人件費が高いという構造的な問題があります。アジアでは緑の革命が起こり、農作物を輸出できるまでになり、外貨を稼ぐことで産業の高度化に貢献しました。更に、安い農作物により都市部の人間の胃袋を満たすことができ、都市部で賃金を高めなくても生活が成り立つという工業化の前提条件を整えました。これができている国がアフリカでは少ない。そうした前提条件が整わない国に投資をしても、アジアと比べてメリットが少ないということがいえます。

―生産力が低いということは、同じ単位(量)のモノを生産するのにより高いコストがかかることである、というのは平野理事が昔から指摘していることで、物価や生活コストに直接的に影響します。また、アフリカの共通現象としてインフレーションが進んでいます。ケニアの場合、賃金労働者の名目賃金は順調に伸びているものの、同時に消費者物価指数が上昇し、実質賃金が横ばいになっているという研究もあります。そうすると可処分所得、人々が実際に消費に使える金額も伸びてこない。依然としてBtoCビジネスには厳しい状況が続いているのではないでしょうか。

そういえると思います。その一方でケニアは(比較的)民主的な国なのである程度(フォーマルセクターの)労働者の賃金が上がるようにはしています。経済成長のスピードが東アフリカは好調なので、インフレと同程度の賃金成長だとしても他のアフリカ諸国よりは好調なのではないかと思います。

―その一方で市場にはお金が流れてきており、ビジネス機会が拡大しているのは間違いない。

若い国であるということの可能性を感じます。近年ケニアでは最大手を含むチェーンスーパーマーケットが二社立て続けに破綻しましたが、それでも産業全体としては勢いよく前進を続けているように見えます。ケニアの平均年齢は19歳くらい、日本は46歳くらい。日本ではある産業のリーディングカンパニーが潰れたらかなり厳しいと思いますが、ケニアの場合は『屍を踏み越えて前に進む』勢いがあり、一つや二つ大手企業がつぶれても産業全体の勢いが損なわれるという印象はあまりありません。

―ケニア人が自分たちの未来を語るときは、基本的にポジティブですよね。

もう一つポジティブだなという思う点はこれまで債務マネジメントを上手くこなしてきたということもあって、借金や借り入れをして積極的に資産を増やしていこうとする姿勢が強い。借り入れを行い、よりハイリターンを目指して投資や事業を行うというアグレッシブさは凄いものがあります。

―TICAD6の後の日本人界隈の話を思い出したのですが、直前になっても開催すら危ぶまれた状況から無事に成功までたどり着くことができた。一部で「ケニア人の帳尻を合わせる能力は凄い」というフレーズがよく出回っていました。

そんなこともありましたね。借金にもいえることですが、途中で諦めないからこそこれまで借り入れを返済できてきたということですね。諦めてしまう国も数多くいる中で最後まで頑張ったからこそ結果がついてきた。投資家もその点はケニアを評価しなくてはならないでしょう。

ケニアの現状を解説する直江所長。

進出先パートナーはスタートアップを選べ?

―ケニアではスタートアップが一部のハイテク業界だけではなく、市場や経済全体に重要な影響を与えている。

先ほどお話したUberの事例(前編記事参照)に絡めて紹介するなら、大手スタートアップとして有名なTwiga foods(ケニアで注目されている野菜卸売り事業を行うスタートアップ)ではIBMと協力してブロックチェーン技術を展開し、路上商人の仕入れ実績、販売実績を基にしてお金を貸す仕組みを実証検証しました。検証結果では確か、4日で1%、8日で2%ほどで貸し出しています。もちろん金利ビジネスとしては儲からないのですが、商人達の仕入れ量は30%ほど上がるため、本業の方で規模が拡大します。そうすれば農家も生産を拡大する。こうした連関により、援助ではなくビジネスで社会課題を解決するというのが既に実例としてあるというのがケニアの現状であり、トレンドです。

日本企業と絡めて考えるならば、伝統的なビジネスはマーケットが小さいためプレイヤ―も限定されてしまい、ほぼすべての産業に決まったパートナーがいる状況です。そのため新しく参入しようとする日本企業にとってはパートナー探しが難しくなっています。JETROとしても日本企業にFMCG(日用消費財)関連企業や財閥系企業を紹介したりしていますが、中々上手くいかなかった。今後も引き続き同アプローチをフォローしていくものの、新たなアプローチが求められており、そこでスタートアップに注目しました。調査会社(Partech Ventures)の報告によれば、2017年に南アで1億7000万ドル、ケニアで1億4000万ドル、ナイジェリアで1億1000万ドルがスタートアップに投資されています。その他アフリカへのスタートアップ投資を集計しても、8000~9000万ドル程度。それだけ三カ国に集中しているということであり、これらの国のスタートアップ市場の盛り上がりを表す数字になっています。成功しているスタートアップはこれまで大手企業が取り込めなかった市場に上手くビジネスを展開できているため、日本企業が連携することでその市場にアクセスしたり、これまで見えなかった市場にアプロ―チできるという利点があります。

―日系企業が現地スタートアップと積極的に連携するというのは非常に興味深いトレンドです。その流れが生まれたのはいつ頃からでしょうか。

ここ2年ほど、最近ですね。日本の商社などにとってはシード段階で資金を投入するのは難しいので、大きくなる過程が必要になります。仮に総資本が数百万円くらいのスタートアップに新たな資本を投入すると独占という形になってしまい、責任を全て負う必要も出てくるため、協力や提携に重点をおいた場合、そうした関わり方は望む商社はあまりないでしょう。スタートアップの規模がある程度大きくなる必要があります。五年くらいのスパンをかけて成長したM-kopa(ソーラーパネルと周辺機器のレンタルと販売を行い、多くのケニア人に電気製品の使用を可能した)に出資を決めたのが三井物産であり、Sendy(ドライバーと顧客を繋ぎ、個人から法人レベルまでの配送プラットフォームを提供)に子会社を通じて出資した豊田通商です。この流れは欧州ファンドが先駆けていましたが、今では日本ファンドが活発にスタートアップの発掘に取り掛かっている状況です。商社以外ではリープフロッグベンチャーズがシード段階から関わり始めていて、インパクトを残し始めています。

―日系商社、日系ベンチャーキャピタル等がアフリカのスタートアップ支援に貢献している。

商社側で現在行っていることはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)で、事業シナジーが生まれるようなところに投資をしていきたいということですね。他にはSBIレミットが海外送金を手掛けるBitpesaと提携、出資することを発表しており、新たなビジネス・サービスを自社に取り込もうとする動きが現れています。

―丸紅がWASSHA(タンザニア未電化地域で電気の量り売りサービス等を提供する日系スタートアップ)に出資した事例など、今後個人起業家のアフリカ進出が進むことで日系企業と日系スタートアップの連携にも期待してきたいですね。本日はありがとうございました。

ありがとうございました。

インタビュー後の直江所長、JETROナイロビ事務所にて。

筆者:長谷川 将士