スラムのトイレを『抄(すく)う』者~誰もやりたがらない、誰かがやらなければならない仕事~

オフィスワークの対極、スラムの過酷な仕事

静かで清潔、エアコンが効いた快適な環境で働いている人からすれば、スラムの労働環境は想像を絶するだろう。圧倒的に雇用が少ないスラムではあの手この手で日銭を稼がなければ生きていくことすらままならないが、そのスラムの中でも特に過酷な労働が存在する。

全国から職を求めてたどり着くナイロビのスラムでは人口の急増を背景に、排水処理やトイレ問題が深刻化している。行政サービスが行き届かないため、基本的には下水処理という概念はない。鼻の曲がりそうな悪臭と病気を蔓延させる原因となる『濁った水たまり』は、一度(ひとたび)雨が降れば濁流となって過密な住居を直撃する。

スラムで野ざらしに垂れ流される下水。病気や健康被害の元になっている。

ムクル・クワ・ンジェンガスラムでは、一つのぼっとん便所に対して50人以上が共同で使用しているといわれている。便所はすぐに満杯になり、過密住居に妨害されてバキュームカーが入り込むことができず、何より費用を支払うことができないため利用できない。それではどのように処理するかといえば、クワ・ンジェンガ清掃排出住民組織が料金を徴収し、人力で行っている。ポリバケツを長い棒に括り付け、便槽から人糞を汲み上げ、後はバケツリレーの要領で手押し車に固定したドラム缶へと移し替えていく。

セールスマンから一転、家族が反対した仕事

2005年からこの仕事に携わっているベンソン・ムトゥアは、1990年代の中ごろに故郷のマチャコスからナイロビに移り住んだ。ベンソンは初等学校を修了する前に退学し、夢を抱いて都会へ出てきたが、現実は極めて厳しいものだった。

「当時を思い返せば、とにかく仕事を得るのが難しかった。最初は街でハードウェア製品を売る仕事にありつけて、当時はスラムじゃなくイースリー(ナイロビ東部、ソマリア人が多く住む地地域として有名)に住んでいた。その職を辞めさせられた時にはすでに養わないといけない家族がいた。職を選んでられる状況ではなかったね。

路上で売り子をした後、友人にこの仕事を紹介してもらったんだ。それからこのスラムに移り住んで、今まで5人の子供をこの仕事で育て上げた」

汲み取り仕事を行うベンソン。人力でぼっとん便所の便槽を空にする。

彼が便所の汲み取りという仕事を始めた時、彼の家族、とりわけ妻は猛反対だったという。しかし、ベンソンが懸命に働き、家族を養う様子を見て、次第に彼の仕事を後押しするまでになった。

「この仕事を始めるにはまず、手押し車が付いているタンクを借りなければならない。一日200シリング(約220円)くらいだね。一つのトイレを空にするのに、大体3往復くらいしなければならない。一往復500シリング程度を支払ってもらうが、面倒な地域にトイレがある場合は値段が上がる。トイレの処理が追い付かない地域では、私たちの仕事は必要不可欠だと感じるね」

ドラム缶が固定された手押し車。

卒後、初めて選んだ仕事

ベンソンの紹介で仕事を始めたというオーウェン・ムウォンゲラは5年間ほどこの仕事を続けている。高校を卒業した後、最初に選んだ仕事が、ぼっとん便所の汲み取り作業だった。

「1994年にここ、ムクルスラムで生まれた。高校を卒業した後、家が貧しくて大学に行けなかったんだ。どれだけ頑張っても職に就けなかったところ、ベンソンに誘われてこの仕事をやり始めた。楽な仕事ではないね。一日3件も仕事があるときがあれば、さっぱりな時もあるし。雨でぬかるんだ、凸凹の道を糞で一杯になったタンクを押しながら進まないといけないんだ」

ぼっとん便所から手押し車のタンクに人糞を移し替えるオーウェン。

オーウェン自身、この仕事が多くの人々にとってやりたいとは思えない仕事であることを自覚しているという。それでもこの仕事を続ける理由は、スラムの中では比較的稼げる仕事だからだ。

スラムでは仕事があること自体が、幸運なことだ。ある者はやることもなく道べりで座り、道行く人を眺めるだけの無為な時間を過ごさざるを得ず、またある者は犯罪に手を染めて警察に捕まったり、命を落とすこともある。傍目には陽気に、あるいは鷹揚(おうよう)に毎日を過ごしているように見える彼らだが、その内側にはこんな毎日を続けていてもいいのだろうかという焦燥感が渦巻いている。

スラムで生まれ育ったオーウェンだからこそ、どんなものであれ、仕事が貴重だという実感があるのだろう。それがこの仕事を5年間も続けてこれた理由かもしれない。

人糞で一杯になったドラム缶を運ぶ最中。ぬかるみにはまれば抜け出すのに容易ではない。

改めて問われるべき『仕事の意味』 

ケニア全土から求職者が集まるナイロビでは、雇用をめぐる需要と供給のバランスが崩壊している。直近では先月、ケニア国内紙最大手のデイリーネーションでは、過去一年間で約2万人の雇用が職を失ったと報じ、好調な経済成長とは裏腹に、庶民の厳しい生活を紹介した。職をめぐる競争は過熱する一方で、止まることをしらない。先週まで水洗トイレが備わっていたアパートに住んでいた住民が、来週には解雇されてスラムでぼっとん便所を使わざるを得ないという様なケースは、ナイロビのあちこちでみられる。

このような状況で、ケニアの労働者は安定した雇用など存在しないことを十分に理解している。とにかく仕事を得ること、そして一度仕事を得られれば、より稼げる仕事を探すことに精を出す。上昇志向を捨て、会社に寄りかかれば、仕事を失ったときに生活が立ち行かなくなるからだ。副業や自前の畑を営むことでリスクを軽減し、儲けられそうな話を聞けば積極的に投資もする。そして、一度無職になればあてのない求職活動を続けながら、現金収入が得られる機会を今か今かと待つ必要がある。

本記事で紹介したように、ぼっとん便所の汲み取りという仕事は家族に止められるほど、決して人気のある職業ではない。しかし、スラムであっても子供を養うことのできる仕事は多くはない。彼らの口からやりがいや夢という言葉は出てこなかった。家族を養うため、自らが生きるために彼らはトイレを抄(すく)い続ける。

<訂正部分(2019年11月12日)>

本記事において誤表記がありましたので以下のように訂正・補足致します。誤解をお招きしたことを陳謝致します。

該当地域の正式名称はムクル・クワ・ンジェンガという。該当地域でトイレ清掃、ぼっとん便所の汲み取りを行う組織名は「クワ・ンジェンガ清掃排出住民組織( Kwa Njenga Cleaning and exhausting Community Based Organization )」である。一般的にクワ・ンジェンガという名称は地域名を表し、本記事に表記があったようにぼっとん便所の汲み取りという仕事を表すものではない。

筆者: 長谷川 将士、 Mohmmed Nyarigu

経済・社会

Posted by HasegawaMasashi