シネマ in スラム、娯楽を超えた居場所として

人は誰であれ、何かしら娯楽を楽しんでいる。ケニアで代表的な娯楽といえば、週末にプレミアリーグ(英国のサッカーリーグ)の試合で贔屓(ひいき)のサッカーチームを応援したり、バーに繰り出して友人と酒を飲み交わすことだろう。女性であればサロン(美容店)に行き新しいエクステンション(付け髪)を試したり、ネイルアートで気分を盛り上げたりするなど、その人なりの娯楽というものがある。そして、それはスラムの住民であっても同じく、彼らには彼らの娯楽がある。

ヴィダ(Vida)はマザレスラムのスラングとして知られており、同スラムの映画館という意味を表す。映画館とはいっても小屋の中にテレビを備え付けた質素なもので、(多くの場合、海賊製品など違法な)映画やプレミアリーグの試合を放映し、少年から大人まで男性の憩いの場となっている。映画館の中は過酷な日常の中で気の置けない仲間とたわいなく娯楽に興じることができる貴重な場でもある。

マザレスラムの風景。

<兄の映画館を引き継いで>

今年で33歳になるポール・ンガランバは二児の父親であり、ヴィダを切り盛りして4年ほどになる。彼の兄が強盗に巻き込まれた際に警官から発砲されて怪我をしてしまったことをきっかけに、彼の兄からスラムの映画館を譲り受けたという。今は兄の子供を養いつつ、この商売を続けている。

「うちでは平日は10シリング(約11円)払えば映画一本が見れるよ。一日で7、8本は上映しているかな。一本上映したら料金を受け取り、続けて映画が見たい客は残るというシステムさ。週末はプレミアリーグの試合もあって、入場料は30シリングだけどこの小屋一杯に客が来る。絶好の稼ぎ時だね。

スラムでヴィダは色んな面で重要なんだ。暇を持て余したヤツが来ることが多いけど、外の世界でドラッグや犯罪に巻き込まれるのに疲れてしまったヤツが、ホッとリラックスできる場所がヴィダだ。お客にはここでストレスを発散してもらって、気持ちを軽くしていってほしいね」

ポールによれば平日は一日600から700シリング、週末には1500シリングほど稼げるという。ここが治安が悪く貧しいことで有名なマザレスラムだということを考えれば、かなり良いビジネスだ。

ヴィダを経営する ポール・ンガランバ 。背後の黒板には放送予定が書かれている。

ポールが経営するヴィダを頻繁に利用というブライアン・オティエノはマザレ生まれのマザレ育ちだが、チェルシー(プレミアリーグのクラブチームの一つ)の試合があれば欠かさずヴィダにやってきては観戦するという。

「僕はまだ19歳だけど、ヴィダがスラムに良い影響を与えていると思っているよ。ここは単なる娯楽の場ではなくて、映画を見ながら外の世界のことを知り、心を成長させる場所でもある。こんなところ(マザレスラム)で育つと毎日トラブルばかりだから、その日がどんな日だったかに関わらずに過ごせる憩いの場が必要なんだよ」

ヴィダの内部。サッカーの試合のときは満杯になる。

<ベテラン経営者の語るヴィダ>

今年で22歳になるベンソン・カランジャは、14歳からヴィダのオーナーを務めるベテラン経営者だ。友人が奨学金を得てドバイに留学することになった際、ヴィダを譲り受けたのだという。

「テレビで流す内容は平日が映画、週末がサッカーの試合と相場が決まっているな。ただ、チャンピオンズリーグ(欧州No.1のサッカーチームを決める大会)の試合があるときは話が別で、曜日に関わらず客がわんさか押し寄せる。

8年もこの仕事をやっていると、ヴィダが俺たちのコミュニティに必要な場所だと痛感するよ。マザレではテレビもDVDも持っていない住民が少なくないんだ。盗まれたり襲われたりして危ない時もあるからな。

ヴィダは住民を犯罪やドラッグから守り、コミュニティを一つにする役割があると思っているよ。映画はスワヒリ語に翻訳されてるから誰にでも内容が分かるしな。うちもサッカーの試合があるときは一人30シリングを支払ってもらう。一日の上がりは大体、平日で600から800シリング、サッカーの試合がある日は1700シリングくらいかな。これは良い商売だから、新しくヴィダを増やしたいと思っているね」

22歳にしてオーナー歴8年の ベンソン・カランジャ 。

<マザレにヴィダが存在する意義>

スラムでもテレビを持っている世帯は相当数いるが、衛星放送を視聴できる世帯は多くはなく、ナイロビのスラムでも特に貧しいスラムの一つといわれるマザレでは大好きなプレミアリーグを見られる場所が限られているという背景があるだろう。

たった数十シリングと思われる方もいるかもしれないが、貧しい地域の住民はとにかく収入がなく、大人であっても一日一食でしのいでいるという者も少なくはない。そうした経済的事情にも関わらず足しげくヴィダに通う者がいるのは、そこが彼らにとって、なくてはならないコミュニティの一部だからだ。

今回の取材では複数のヴィダのオーナーから聞き取りを行ったが、一様にヴィダがコミュニティに必要だということ、そして良いビジネスだということを口にした。

ヴィダを語る上で興味深い点は、確かに客は映画やサッカーの試合など『画面の向こう側』を目的にやってくるものの、同時にヴィダというコミュニティ、つまり『画面のこちら側』を目当てにやってくるということだ。別記事で紹介しているように、マザレの環境は過酷で、大家族で過ごしている場合、自宅も心が休まる場所ではない。いわゆる「自分の時間」を過ごすためには、もしかしたらヴィダのように、気の置けない仲間とどうということのない時間が過ごせる場所が必要なのかもしれない。

マザレスラムの小さな映画館であるヴィダ。そこには住民にとって大切な時間と居場所を提供する空間があった。

筆者:長谷川 将士、Mohammed nyarigu

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Posted by HasegawaMasashi